危機対応における広報と法務部門の連携実務:情報開示とコミュニケーションの法的論点
危機発生時、企業には迅速かつ正確な情報開示と適切なコミュニケーションが求められます。この対応において、広報部門と法務部門の緊密な連携は不可欠です。広報はステークホルダーとの信頼関係構築を担い、法務は法的リスクの回避と義務の履行を確保します。両部門が連携することで、信頼回復に向けた一貫性のある、かつ法的に問題のないコミュニケーションが可能となります。
広報と法務連携の重要性
危機対応における広報活動は、世論形成やステークホルダーの理解度、ひいては企業の存続に大きな影響を与えます。しかし、不用意な情報開示や表現は、新たな法的問題を引き起こすリスクも孕んでいます。例えば、事実関係が未確定な情報の発信、責任の所在に関する曖昧な表現、謝罪における将来的な賠償責任を示唆する可能性のある文言などは、その後の訴訟リスクや当局対応に影響を及ぼす可能性があります。
法務部門は、企業を取り巻く法令遵守、契約関係、訴訟リスクなどを専門としています。危機発生時には、事実関係の調査、証拠保全、関係法令の確認、当局への報告義務の有無、被害者への対応における法的配慮などを主導します。広報部門が法務部門と密に連携することで、これらの法的観点から問題のない範囲で、最大限にステークホルダーの理解を得られるコミュニケーション戦略を構築できます。
連携を始めるタイミングと具体的なステップ
連携は危機発生の初動段階から開始することが理想です。危機対策本部や対策チームが設置された際に、広報部門と法務部門の担当者が必ずメンバーに含まれる体制を構築します。
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事実関係の共有と整理:
- 発生した危機に関する初期情報を、広報と法務双方で共有します。
- 法務部門は事実関係の調査を進め、法的評価を行います。広報部門は、その時点での確定情報、未確定情報、法的制約(開示できない情報など)を法務部門から正確に聞き取り、整理します。
- 共有された情報に基づき、ステークホルダーに伝えるべき内容と、現時点で開示できない内容を峻別します。
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情報開示方針と内容のすり合わせ:
- 広報部門がコミュニケーション戦略に基づき、情報開示の必要性、タイミング、対象ステークホルダー、伝えるべき主要メッセージ案を作成します。
- 法務部門は、その案に対し、法的観点からの問題点(表現の適切性、守秘義務違反の可能性、将来的な訴訟への影響、規制当局への報告との整合性など)をレビューし、フィードバックを行います。
- 特に、謝罪や原因に関する表現は慎重なすり合わせが必要です。「〜のように思われる」「〜の可能性が考えられる」といった未確定な表現、「全ての責任は弊社にある」といった断定的な表現などが、その後の法的解釈に影響を与えることがあります。法務部門は、事実調査の結果に基づき、法的な責任範囲や因果関係を考慮した表現を提案します。
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コミュニケーションツールの作成とレビュー:
- 記者会見での説明資料、プレスリリース、ウェブサイト掲載の声明文、Q&A集、ステークホルダー向け説明資料など、具体的なコミュニケーションツールの原案を広報部門が作成します。
- 作成された全てのツールは、法務部門による最終レビューを受けます。表現の細部に至るまで、法的リスクがないか、企業の立場を不当に不利にしないかなどを確認します。特に、被害者への対応方針など、具体的なアクションに関する記述は、法的な義務や権利に抵触しないよう細心の注意が必要です。
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ステークホルダー対応時の連携:
- メディア、消費者、従業員、株主、取引先、当局など、各ステークホルダーへの対応方針や想定される質問への回答を共同で検討します。
- 特に、法的対応が必要となる可能性のある問い合わせ(損害賠償請求、情報提供依頼など)については、法務部門が前面に出るべきか、あるいは広報部門が一次対応し、法務部門に引き継ぐかといった役割分担と連携フローを事前に定めておきます。
- 当局からの調査や問い合わせに対しては、法務部門が窓口となることが多いですが、広報部門は情報公開のタイミングや内容について法務部門と連携し、一貫した対外姿勢を保つ必要があります。
情報開示における法的論点の実務
広報部門が特に法務部門と連携して確認すべき主な法的論点には、以下のようなものがあります。
- 守秘義務と個人情報保護: 顧客情報、従業員情報、取引先の機密情報などが危機に関連する場合、開示範囲は個人情報保護法や契約上の守秘義務に厳密に従う必要があります。どこまで開示できるか、匿名化は必要かなどを法務部門が判断します。
- 証拠保全への影響: 危機原因の調査や将来的な訴訟において重要な証拠となりうる情報や文書の取り扱いについては、法務部門の指示に従う必要があります。安易な情報公開が証拠隠滅と見なされたり、事実認定に不利益となったりするリスクがあります。
- インサイダー取引規制: 株価に影響を与える重要な事実に関する情報は、特定のステークホルダー(特に役員や従業員)によるインサイダー取引を防ぐため、公平かつタイムリーに開示する必要があります。適時開示義務の判断は法務部門や経営企画部門とも連携して行います。
- 風評被害対策: ネット上での誹謗中傷やフェイクニュースに対して、法的措置(削除請求、発信者情報開示請求など)を検討する場合、法務部門が中心となります。広報部門は、法務部門の判断に基づき、法的対応の進捗状況を含め、適切に情報発信を行うかの判断を行います。
- 謝罪表現の法的影響: 謝罪文や記者会見での発言は、後に責任を認めた証拠として扱われる可能性があります。法務部門と連携し、事実に基づいた誠実な謝罪を行いつつも、現時点で未確定な部分や将来的な法的責任に過度に踏み込まない表現を検討します。
- 規制当局への報告義務: 危機の内容によっては、行政機関や業界団体への報告義務が発生します。報告内容や時期について、法務部門(または担当部門)が主導し、広報部門はその内容と対外発表の内容に齟齬がないかを確認します。
連携を円滑にするためのポイント
効果的な連携のためには、日頃からの関係構築が重要です。
- 相互理解の促進: 広報部門は法務リスクに対する基本的な理解を深め、法務部門は広報の役割やコミュニケーションの重要性に対する理解を深めます。定期的な勉強会や情報交換の場を設けることも有効です。
- 情報共有ルールの明確化: 危機発生時に、どのような情報を、いつ、誰が、誰に共有するか、報告・連絡・相談(ほうれんそう)のルートを明確にしておきます。
- 共通認識の醸成: 危機対応の目的(ステークホルダーへの説明責任、信頼回復、法的リスク最小化など)について、両部門で共通の認識を持ちます。
- 迅速なコミュニケーション: 危機発生時は時間との勝負です。レビュー依頼や確認事項に対するレスポンスは迅速に行う体制を構築します。
まとめ
危機対応における広報部門と法務部門の連携は、単に法的な問題を回避するためだけではなく、ステークホルダーからの信頼を回復し、企業のレピュテーションを守るための重要な基盤となります。法務部門の専門知識に基づいた正確な情報整理と法的リスク評価、そして広報部門のコミュニケーション戦略立案能力が組み合わさることで、説得力があり、かつ法的に安全なメッセージを迅速に発信することが可能になります。日頃から密な連携体制を構築し、それぞれの専門性を尊重しながら協力することで、有事における最適な危機対応を実現することができます。