信頼回復に向けた記者会見の準備と実務
企業や組織において危機が発生した際、メディア対応は信頼回復プロセスの中核をなす要素の一つです。中でも記者会見は、広く社会に情報を伝え、組織の姿勢を示すための重要な機会となります。しかし、その場で不適切な対応を取れば、かえって事態を悪化させる可能性も秘めています。ここでは、信頼回復に向けた記者会見の準備から実施、その後のフォローアップに至るまで、広報担当者が押さえるべき実践的なポイントを解説します。
記者会見実施の判断基準
危機発生時、まず記者会見の実施が必要か否かを冷静に判断する必要があります。全ての事案で記者会見が求められるわけではありません。
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記者会見が有効なケース:
- 社会的な関心度が極めて高く、広範囲のメディアからの問い合わせが殺到している場合。
- 事態の深刻度が高く、経営トップなどが直接謝罪や説明を行う必要がある場合。
- 誤った情報や憶測が飛び交っており、正確な情報を一斉に伝達する必要がある場合。
- 今後の対応方針や再発防止策を明確かつ具体的に説明し、組織の誠実な姿勢を示す必要がある場合。
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記者会見以外の選択肢:
- 書面での声明発表(プレスリリース)
- 企業ウェブサイトでの情報公開
- 個別取材対応
- オンラインでの説明会や会見
事案の性質、規模、進捗状況、メディアや社会の反応などを総合的に考慮し、最も効果的かつ適切な情報伝達手段を選択します。記者会見を選択する場合は、その目的とゴールを明確に設定することが、その後の準備の羅針盤となります。
記者会見の準備プロセス
記者会見の成否は、事前の準備にかかっていると言っても過言ではありません。計画的かつ細部にわたる準備が不可欠です。
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目的・ゴールの設定:
- 記者会見を通じて何を達成したいのか(例:事実関係の正確な説明、謝罪による信頼回復の第一歩、再発防止策への理解促進など)を明確にします。これにより、話すべき内容やトーンが定まります。
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会見内容の決定:
- 発表すべき主要な事実、謝罪の要否と範囲、今後の対応方針、再発防止策などを具体的にまとめます。情報の取捨選択を行い、最も重要な情報から順に整理します。
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登壇者の選定と役割分担:
- 誰が登壇すべきか(経営層、関係部門の責任者など)を決定します。事案への関与度や組織内での責任範囲を考慮し、最も説明責任を果たせる人物を選びます。それぞれの登壇者の役割(冒頭挨拶、事実説明、質疑応答での専門的解説など)を明確に定めます。
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想定問答集の作成:
- 最も重要かつ労力を要する準備の一つです。メディアからどのような質問が予想されるかを洗い出し、それぞれの質問に対する回答を事前に準備します。
- 作成のポイント:
- 最も厳しい質問を想定する
- 事実に基づいた正確な回答を用意する
- 専門用語は避け、平易な言葉で説明する
- 感情的な表現を避け、冷静かつ誠実に答える
- 「調査中」「確認中」で済ませず、可能な範囲で進捗や見通しを示す
- 登壇者間で回答内容に齟齬がないよう共有・確認する
- 作成のポイント:
- 想定問答は、社内の関係部署(法務、技術、広報など)と連携して作成し、経営層の承認を得る必要があります。
- 最も重要かつ労力を要する準備の一つです。メディアからどのような質問が予想されるかを洗い出し、それぞれの質問に対する回答を事前に準備します。
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会場・機材の手配:
- 会見場の選定(場所、広さ、アクセス)、プロジェクターやマイクなどの音響・映像機材、照明、登壇者の席順などを手配します。オンライン会見の場合は、プラットフォーム選定、回線速度、カメラ、マイクなどの環境整備が必要です。
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招集メディアの選定と案内:
- 事案に関連の深いメディアを中心に、招集するメディアリストを作成します。記者クラブへの案内、個別のメディアへの連絡などを行います。日時、場所、事案概要などを正確に伝達します。
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リハーサルの実施:
- 可能であれば、実際の会場またはそれに近い環境で、登壇者、司会、広報担当者が参加してリハーサルを行います。発表内容の読み上げ、質疑応答のシミュレーションを行い、時間配分や動き、言葉遣いなどを確認します。特に、想定問答集を使った質疑応答の練習は徹底して行います。
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配布資料の準備:
- 記者向けに、発表の要旨、事案の概要、これまでの経緯、今後の対応策、組織概要などをまとめた資料を準備します。正確かつ分かりやすい資料は、報道の正確性を高める助けとなります。
記者会見の実施における実務上のポイント
準備が整ったら、いよいよ記者会見本番です。会見中も細やかな配慮と冷静な対応が求められます。
- 開始時のあいさつと状況説明: 定刻通りに開始し、司会が会見の目的と登壇者を紹介します。経営トップなどが冒頭の挨拶と事案の全体像、これまでの経緯などを説明します。
- 謝罪の表明(必要な場合): 組織の過失や責任が認められる場合は、冒頭で誠実に謝罪の意を表明します。形式的な謝罪ではなく、心からの反省と再発防止への決意を示すことが重要です。
- 事実関係の説明: 事前に準備した内容に基づき、正確な事実関係を説明します。情報は隠さず、可能な限り透明性を保ちます。断片的な情報提供は避け、体系的に説明します。
- 質疑応答への対応:
- 誠実さ: 質問に対しては、たとえ厳しい内容であっても誠実に向き合います。
- 冷静さ: 感情的にならず、常に冷静さを保ちます。
- 正確性: 不確かな情報に基づいて推測で答えることは避けます。「現在調査中です」と正直に伝え、回答可能になり次第情報提供する旨を伝えます。
- 不明な点への対応: 分からないことは正直に認め、「持ち帰って確認し、改めてご回答します」と伝えます。その際は、いつまでにどのように回答するか可能な範囲で目安を示します。
- 複数質問への対応: 複数の質問を一度にした記者に対しては、混乱しないよう一つずつ丁寧に答えます。
- 時間管理: 予定された時間内で終了できるよう、司会者が適切に質疑応答の時間を管理します。
- 報道陣への配慮: 会見中の写真・動画撮影への配慮、質疑応答における指名の公平性、時間管理など、報道陣が取材しやすい環境を整えることも円滑な会見実施につながります。
記者会見後のフォローアップ
記者会見が終了しても、広報活動は終わりではありません。会見後のフォローアップも信頼回復には不可欠です。
- 速報記事への対応: 会見後すぐにメディアは記事を作成・配信します。内容に明らかな事実誤認がないかを確認し、必要であれば静かに訂正を依頼することも検討します。
- 追加質問への対応: 会見中に全ての疑問が解消されるとは限りません。メディアからの追加質問に対しては、迅速かつ丁寧に回答します。
- 議事録・速記録の作成と共有: 会見内容の議事録や速記録を可能な限り早く作成し、関係者間で共有します。これは今後の対応方針の確認や、社内・社外への正確な情報提供の基礎となります。
- 社内外への情報共有: 従業員や取引先、顧客など、他のステークホルダーに対しても、会見の内容を分かりやすくまとめて迅速に共有します。社内向けの丁寧な説明は、従業員の不安を軽減し、組織の一体感を保つ上で重要です。
- 会見内容の振り返りと教訓: 今回の会見対応を振り返り、良かった点、改善すべき点などを分析します。これは今後の危機対応に活かすための貴重な教訓となります。
事例に学ぶ
記者会見における失敗事例としてよく挙げられるのは、事実関係の説明が不十分であったり、質疑応答で感情的になったり、責任逃れと受け取られるような言動があったりするケースです。ある企業の記者会見では、登壇者が終始うつむきがちで声も小さく、質問への回答も曖昧だったため、誠意が感じられないとして批判が集まりました。一方、成功事例では、事実を迅速かつ正直に認め、再発防止策を具体的に説明し、厳しい質問にも冷静かつ丁寧に答えることで、メディアや社会からの一定の理解を得られたケースが見られます。これらの事例から、形式だけでなく、内容の正確性、姿勢の誠実さ、そして事前の徹底した準備がいかに重要であるかが分かります。
結論
危機発生時における記者会見は、組織の信頼性を取り戻すための重要な試金石です。入念な準備に基づき、事実を正確に、誠実に、そして分かりやすく伝えることで、組織の再建に向けた確かな一歩を踏み出すことができます。記者会見は通過点であり、その後の真摯な対応こそが長期的な信頼回復へと繋がることを忘れてはなりません。