危機発生時のステークホルダーマップ作成実務:誰に・何を・いつ伝えるべきか
危機発生時におけるステークホルダーマップ作成の重要性
危機が発生した際、企業を取り巻くステークホルダーは多岐にわたります。顧客、従業員、株主、取引先、地域住民、監督官庁、メディアなど、それぞれが異なる立場、関心、そして組織への期待を抱いています。これらのステークホルダーに対して、状況に応じた適切な情報を、適切な方法で、適切なタイミングで伝えることが、信頼の維持・回復において極めて重要となります。
しかし、混乱の中で全てのステークホルダーに対して一律に対応することは現実的ではありません。また、対応の優先順位を誤ると、事態をさらに悪化させる可能性もあります。ここで有効なツールとなるのが「ステークホルダーマップ」です。ステークホルダーマップを作成することで、関係者を体系的に整理し、誰に、何を、いつ、どのように伝えるべきかというコミュニケーション戦略の基盤を構築することが可能となります。
ステークホルダーマップとは
ステークホルダーマップとは、危機に関連する可能性のある全ての関係者や組織を洗い出し、それぞれの組織に対する影響度、関心度、協力度といった要素に基づいて可視化した図やリストのことを指します。これにより、各ステークホルダーの重要性や特性を理解し、コミュニケーションの優先順位やアプローチ方法を検討するための材料を得ることができます。
ステークホルダーマップ作成の具体的なステップ
ステークホルダーマップの作成は、以下のステップで進めることが推奨されます。
ステップ1:ステークホルダーの網羅的な洗い出し
まず、危機に関連する可能性のある全てのステークホルダーを漏れなくリストアップします。この段階では、重要度に関わらず、思いつく限り多くの関係者を挙げることが重要です。
- 内部ステークホルダー: 従業員、経営層、取締役、労働組合など
- 外部ステークホルダー: 顧客、株主・投資家、取引先(供給者、販売先)、メディア(報道機関、業界紙)、監督官庁・行政機関、地域住民、業界団体、専門家(弁護士、コンサルタント)、NGO/NPO、競合他社など
部署横断的に情報を集めることで、広報部門だけでは気づきにくいステークホルダーもリストアップできます。
ステップ2:各ステークホルダーの特性評価
リストアップしたステークホルダーそれぞれについて、以下の観点からその特性を評価します。
- 組織への影響度: 危機が組織に与える影響力(例:事業継続への影響、レピュテーションへの影響、法的な影響)の大きさ。
- 危機への関心度: 当該危機に対する関心や懸念の度合い。
- 情報ニーズ: どのような情報に関心があり、何を求めているか。
- 現在の信頼度/関係性: 危機発生前の組織との関係性や信頼の度合い。
- コミュニケーションチャネル: 普段使用している、あるいは有効な情報伝達チャネル。
- 行動可能性: 危機に対してどのような行動を取る可能性があるか(例:批判、協力、静観)。
これらの評価は、入手可能な情報(過去のやり取り、メディア報道、業界動向など)に基づき、客観的に行うことが重要です。
ステップ3:マップへの落とし込みと優先順位付け
評価結果を基に、ステークホルダーをマップ上に配置したり、リストとして整理したりします。一般的な手法としては、「影響度」と「関心度」を軸にしたマトリクスを用いる方法があります。
| | 関心度:低 | 関心度:高 | | :----------- | :------------- | :------------- | | 影響度:低 | 見守る (Monitor) | 情報を伝える (Keep Informed) | | 影響度:高 | 満足させる (Keep Satisfied) | 積極的に関与する (Manage Closely) |
このマトリクスはあくまで一例であり、危機の内容や組織の状況に応じて、軸や区分を柔軟に設定します。例えば、「緊急度」や「協力可能性」といった軸を加えることも考えられます。
マップや整理したリストに基づき、どのステークホルダーへの対応を最優先すべきか、段階的に対応すべきステークホルダーは誰かといった優先順位を明確にします。影響度が高く、かつ危機への関心度が高いステークホルダーは、最優先で積極的にコミュニケーションを取るべき対象となります。
ステークホルダーマップをコミュニケーション計画へ反映させる
作成したステークホルダーマップは、単なるリストや図で終わらせず、具体的なコミュニケーション戦略と戦術に反映させることが重要です。
1. メッセージングの最適化
各ステークホルダーの特性(関心事、情報ニーズ、信頼度など)に合わせて、伝えるべきメッセージの内容を調整します。例えば、従業員には安全確保と雇用の安定に関するメッセージが重要である一方、投資家には事業継続計画や財務への影響に関する情報が求められるでしょう。誠実かつ一貫性のある情報を提供しつつも、相手に響く言葉遣いや内容を検討します。
2. コミュニケーションチャネルの選定
ステークホルダーが普段利用している、あるいは緊急時に情報を受け取りやすいチャネルを選定します。記者会見、プレスリリース、自社ウェブサイト、SNS、従業員向けイントラネット、個別説明会、電話連絡など、ステークホルダーグループごとに最適なチャネルを組み合わせます。
3. コミュニケーションのタイミングと頻度
優先順位に基づき、各ステークホルダーへの情報提供のタイミングと頻度を計画します。最優先グループには迅速かつ高頻度での情報提供が必要かもしれません。情報のアップデートがあり次第速やかに伝える体制を整えます。
4. 双方向コミュニケーションの設計
一方的な情報提供だけでなく、ステークホルダーからの意見や質問を受け付け、適切に対応する仕組みを設計します。問い合わせ窓口の設置、SNSでのリスニング、説明会での質疑応答など、ステークホルダーとの対話を通じて、信頼関係の構築や懸念払拭を図ります。
実務上の考慮事項
- 情報の収集と分析: ステークホルダーの特定や評価のためには、日頃からの情報収集が不可欠です。危機発生後も、SNS上の声、メディア報道、問い合わせ内容などを継続的にモニタリングし、ステークホルダーの反応や状況変化を把握します。
- 社内連携: ステークホルダーマップ作成とコミュニケーション計画策定は、広報部門だけでなく、経営企画、法務、総務、顧客対応部門、事業部門など、関連部署との連携が不可欠です。各部署が持つステークホルダーに関する知識や情報を共有し、共通認識を持つことが重要です。
- 柔軟な対応: 危機発生時の状況は刻々と変化します。ステークホルダーの関心や影響度も変動するため、作成したマップや計画は固定されたものではありません。状況の変化に合わせて定期的に見直し、必要に応じて戦略や戦術を柔軟に修正することが求められます。
- 記録と共有: 作成プロセス、マップ、計画内容、そして実際のコミュニケーション記録は、後の検証や再発防止に役立てるために適切に記録・共有します。
結論
危機発生時におけるステークホルダーマップの作成と、それに基づいたコミュニケーション計画の策定は、混乱の中での羅針盤となります。誰が重要で、何を求めているのかを明確にすることで、限られたリソースを効果的に配分し、最も影響力の大きいステークホルダーから優先的に、適切かつ誠実なコミュニケーションを行うことが可能となります。このプロセスは、一時的な鎮静化だけでなく、長期的な視点での組織の信頼回復に不可欠な基盤を築くことにつながります。