危機に強い組織を作る:広報視点でのクライシスコミュニケーション計画策定
クライシスコミュニケーション計画(CCP)策定の重要性
予期せぬ危機は、企業の存続を脅かすだけでなく、長年にわたって築き上げてきたステークホルダーとの信頼関係を一瞬にして破壊する可能性があります。危機発生後、迅速かつ適切に対応するためには、事前の準備が不可欠です。その核となるのが、クライシスコミュニケーション計画(Crisis Communication Plan、以下CCP)の策定です。
CCPは、危機発生時に混乱を最小限に抑え、効果的な情報伝達とコミュニケーションを通じて信頼回復を図るための羅針盤となります。広報部門は、対外的なコミュニケーションを担う責任部署として、このCCP策定において主導的な役割を果たすことが期待されます。本記事では、広報視点からCCP策定のプロセスとその主要要素について解説します。
クライシスコミュニケーション計画(CCP)とは
CCPは、企業が遭遇しうる様々な危機シナリオに対し、どのようにコミュニケーションを図るかを定めた文書化された計画です。単なる連絡先リストではなく、具体的な手順、担当者、キーメッセージ、使用するチャネル、想定される質疑応答などを網羅的に記述します。これにより、有事の際に担当者が冷静に、かつ一貫性を持って対応できるようになります。
CCP策定の主要プロセス
CCP策定は一度行えば完了するものではなく、組織や社会状況の変化に合わせて定期的に見直し・更新を行うプロセスです。主なステップは以下の通りです。
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リスクシナリオの特定と評価: 自社を取り巻く潜在的なリスク(製品事故、不祥事、自然災害、サイバー攻撃など)を洗い出し、発生確率と影響度を評価します。これにより、優先的に対策を講じるべきシナリオを明確にします。広報視点では、どのような危機がコミュニケーション上のリスクとなるか、風評被害に繋がりやすいかといった点を特に考慮します。
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危機管理チーム(CMT)との連携と広報チームの編成: 経営層を含む全社的な危機管理チーム(CMT)が設置されている場合、その一員として広報部門が参画します。また、コミュニケーションに特化した危機対応広報チームを編成し、リーダー、メディア対応担当、SNS担当、情報収集担当などの役割分担を明確にします。
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基本方針とゴールの設定: 危機発生時に企業として取るべきコミュニケーションの基本姿勢(例:透明性、迅速性、誠実さ)を定めます。また、コミュニケーション活動を通じて達成したい具体的なゴール(例:ステークホルダーの安全確保、誤情報の拡散防止、信頼の維持・回復)を設定します。
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重要ステークホルダーの特定と優先順位付け: 危機によって影響を受ける可能性のある全てのステークホルダー(顧客、従業員、株主、取引先、メディア、地域社会、行政機関など)をリストアップし、それぞれのニーズや懸念を考慮したコミュニケーションの優先順位を付けます。
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メッセージング戦略の構築: 各ステークホルダーに向けたキーメッセージ、初期に伝えるべき情報、想定される質疑応答(Q&A)集を作成します。メッセージは、正確性、一貫性、誠実さを保つことが重要です。状況に応じたメッセージのアップデートプロセスも定めます。
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コミュニケーションチャネルの定義: どのステークホルダーに対し、どのようなチャネル(記者会見、プレスリリース、自社ウェブサイト、SNS、説明会、個別連絡など)を用いて情報伝達を行うかを事前に決定します。各チャネルの特性を踏まえ、適切な使い分けを計画します。特に、緊急時用のウェブサイト(ダークサイト)の準備は有効な手段です。
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情報収集・共有体制の確立: 危機発生時、現場からの正確な情報を迅速に収集し、CMTおよび広報チーム内で共有するための体制とプロセスを構築します。情報の承認フローや、外部からの問い合わせ窓口の一元化なども検討します。
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シミュレーション訓練の実施: 策定したCCPに基づき、危機対応シミュレーション訓練を実施することは極めて重要です。机上訓練や模擬記者会見などを通じて、チームの連携、手順の確認、課題の洗い出しを行います。訓練を通じてCCPの実効性を検証し、改善点を見つけます。
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計画の見直しと更新: 訓練結果や組織、事業、外部環境の変化に応じて、CCPを定期的に見直し、必要な改訂を行います。古い情報のままでは、有事の際に役に立たなくなる可能性があります。
広報部門が特に貢献すべき具体的タスク
CCP策定プロセスにおいて、広報部門は特に以下のタスクでその専門性を発揮できます。
- コミュニケーションリスクの評価: 発生しうる危機が、企業の評判やステークホルダーとの関係に与えるコミュニケーション上の影響度を評価します。
- ステークホルダーマップ作成: 危機発生時の影響度やコミュニケーションの重要度に応じたステークホルダーマップを作成し、それぞれの特性を整理します。
- キーメッセージバンクの準備: 想定されるリスクシナリオごとに、初期対応メッセージや説明責任を果たすための主要な論点を整理したメッセージバンクを準備します。
- メディアリスト・専門家リストの整備: 関係するメディアリストを作成し、有事の際に協力を依頼する可能性のある弁護士、コンサルタント、技術専門家などのリストを整備します。
- ダークサイトの準備: 事前にテンプレートを作成しておき、危機発生時に速やかに情報を掲載できる緊急時専用のウェブサイト(ダークサイト)を用意します。
- 連絡網・バックアップ体制の確認: 主要メンバーの緊急連絡網を作成し、担当者不在時のバックアップ体制を確認します。
CCPの実効性を高めるポイント
CCPを単なる書類に終わらせず、有事の際に機能させるためにはいくつかの重要なポイントがあります。
- 経営層のコミットメント: CCP策定と運用に対する経営層の深い理解と強いコミットメントが不可欠です。
- 他部門との連携: 法務、総務、システム部門、現場担当者など、関連する全ての部門との密接な連携なくして、実効性のあるCCPは策定できません。
- 実践的な訓練: 定期的な訓練は、計画を机上の空論にしないための最も重要なステップです。
- 定期的な見直し: 環境の変化に対応できるよう、少なくとも年に一度は計画全体を見直す機会を設けるべきです。
まとめ
クライシスコミュニケーション計画(CCP)の策定は、危機発生後の信頼回復に向けた最も重要な基盤作りです。広報部門が中心となり、様々なリスクを想定し、ステークホルダーとのコミュニケーション方針、体制、手順を事前に詳細に定めておくことで、有事の際にも冷静かつ迅速な対応が可能となります。計画の策定そのものも重要ですが、それをチーム全体で共有し、定期的な訓練と見直しを通じて常に最新の状態に保つことが、真に危機に強い組織を築くことに繋がります。